八月に死ぬ魚
真昼の診療室からあなたを思う。
うだるような暑さも、麻痺したように感じなくて、ただひどく喉が渇く。
出そうで出ない言葉にえづく。
ぱくぱくと、あの海の魚のように。
なにもかもぶち壊してしまいたい。
理性が、
理性が
殻を破るまで、
俺が人でいられるのは、
あとどれくらいなのか。
この先もずっと、ずっとこのままで。
あなたはそんなことを言うのだろう。
あなたが考えてることくらい分かるから。
このままが続けばあなたは幸せになれるのか。
俺が我慢すればあなたは幸せになれるのか。
本当に?
俺なしであなたは幸せになれるの?
ああ、そうでしょうね。
あなたは幸せになってみせるでしょうね。
現実を素直に受け止め、常に自分が身を引き、
荒々しく幼稚な言葉にさえ希望を宿す。
自分に嘘をついたって目の前に人間が幸せなら
それが己の幸せだとそんな戯れごとを俺に暴露した。
ならば俺は
私の幸せを願ったあなたは、幸せなのですか。
こんなに狂い出しそうな程にあなたにほだされているくせに、
私の幸せは決してあなたの幸せではないのだ。
あなたは他人の幸せを糧にして生きる、
美しく、
それでいて渇望をやめない賎しい人間だ。
自分のことは、自分が一番よく知っているだなんて大嘘ですよ。
どうしたって、俺とあなたで唯一の幸福を構成するだなんて、無理じゃないですか。
難解な物語を読んでいるようで、ひどく疲れる。
もっと楽観的な人格なら、
旧友のように肩を組んで、
髪を撫でて、
物理的に近い存在になれたかもしれない。
あなたの信頼が私はとても嬉しくて、素直に嬉しくて。
お前だから言うのだと、小さな声で不安をこぼす。
もっとそんな秘密を共有したい。
共有してあなたを不安から救える言葉を、
きっと俺だけが与えてあげられるのだから。
自信があるのです。絶対の自信が。
あなたから信頼され、最後の心の拠り所にされる自信が。
だって俺はあなたの家族でも友人でも恋人でもない。
誰にも話せないことを、あなたは打ち明けてくれるから。
浅はかな自信だと、いつか泡沫に消える欺瞞だと、
嘲笑されたって構わない。
俺が女ならよかったのに。